約 1,207,352 件
https://w.atwiki.jp/apgirlsss/pages/194.html
四つ葉になるとき ~第2章:響け!希望のリズム~ Episode9:四つ葉町、15時16分発 四色に塗り分けられた、四つ葉のクローバーの留め金。 それを外してパカリと蓋を開け、ゆっくりとハンドルを回す。 中央のクリスタルが柔らかな光を放ち、四つのハートがくるくると動き始める。 そして滑るように紡ぎ出される、軽やかで優しい旋律。 「いい音色だよねぇ。曲も素敵だし。」 ラブが後ろから覗き込んで、嬉しそうに言う。 「あ・・・う、うん。」 少し恥ずかしくなって、ラブの顔を見ずに頷いた。 こうやってこの音色に聴き入るのは、今日だけでもう何度目だろう――そう思ったから。 私にとって「音」というものは、耳で捉えることのできる、単なる情報でしかなかった。 言葉としての情報。状況を把握するための情報。危険を察知するための情報。 音を聴くために、音を聞くなんて――音の響きや連なりを、ただ楽しむなんて、 そんなこと、この世界に来て初めて知った。 もっとも、私が最初に知った音楽はダンスの曲だったから、 はじめはメロディよりも、リズムやテンポばかりを気にして聴いていたような気がする。 初めてクローバーボックスの音色を聞いた、あのときの不思議な気持ち。 豊かで澄み切った音は、まるで耳なんか通さずに、 直接心に流れ込んでくるみたいだった。 音は私の中で奏でられ、あたたかく語りかけるようにメロディを紡ぐ。 それに答えて、何だか私の心も一緒に歌っているような、そんな気がした。 「音楽って、音を楽しむものだからさ。 きれいな音楽を聴くと、一緒に歌っちゃうものなんだよ。」 あのときの気持ちを伝えたくて、下手な説明をした私に、ラブが言った。 もしそうなら、私の心も――音楽なんて、まるで知らなかった私の心も、 このオルゴールの曲に乗せて、歌うことが出来るんだろうか。 休み時間の教室の楽しい雰囲気や、晩ご飯の食卓の明るさや、 今、私の隣りにある、笑顔のあたたかさを。 ふわりとやって来たシフォンが、オルゴールの曲に合わせるように、 いつもより優しい声で、キュアキュア~と囁く。 クローバーボックスと、シフォンと、私の心。 何だか三つの心が、歌で楽しく語り合っているように思えて、 私はハンドルを回しながら、知らず知らずのうちに、微笑んでいた。 四つ葉になるとき ~第2章:響け!希望のリズム~ Episode9:四つ葉町、15時16分発 「せつな~、お待たせ。」 クローバータウンストリートの、天使の像の前。五日前と同じ場所に、同じように立っている彼女に、美希は駆け寄る。 「私も、今来たとこ。」 そう言って、少しはにかんだように笑うせつなに、美希もニコリと微笑んだ。 この前と違っているのは、二人とも制服姿だということと、時間が既に午後三時過ぎだということ、それに、二人のこの表情だ。 あのとき結局買えなかった美希の服を買うために、美希とせつなは、今度は最初から二人きりで、学校帰りに待ち合わせたのだった。 商店街を歩く二人の足取りも、今日は軽やかだ。そしてこの前よりも時間が無いだけに、歩調が速い。 「少し急げば、四時にはお店に着けるかしら。」 「この時間なら電車の本数も多いし、大丈夫よ。」 そう言って、美希はちらりと隣を見て、内心あれ?と首をかしげた。何だかいつもより、ヤケにせつなの背が高いような気がしたからだ。 せつな、今日は学校の革靴よね・・・不思議に思って、そっと足元に目をやる。途端に驚きの表情で顔を上げた美希は、せつなの頭の向こうに何があるかに気付いて、今度は思わず、ぷっと吹き出した。 百面相さながらのその表情に、気付いているのかいないのか、せつなは澄まして前を向いたままだ。 美希は、そんなせつなを見つめてニヤリと笑うと、さっと彼女の後ろにまわって、その両肩を上から、くいっと押さえ付けた。 「な・・・なに?」 「そ~んな爪先立ちで歩いてたら、足痛めるわよ?身長だけは、アタシと張り合おうったって、ム・リ・ム・リ。」 「そんなこと・・・。」 せつなが少し悔しそうに、口を尖らせる。が、肩越しに囁いた美希の言葉に、見る見るその顔が赤くなった。 「ありがとう。もう大丈夫よ、魚屋さんの前は通り過ぎたから。」 この前二人でここを通ったとき、店先の水槽の中にアレを見つけて、思わず、ひっ!と声を上げてしまったことを思い出す。せつなはそれを覚えていて、美希の視界に水槽が入らないように、盾になってくれたのだろう。 それも、身長が足りない分を精一杯背伸びして、爪先歩きでカバーするという、単純だけど誰にも真似の出来ない方法で。 やり方は強引だけど、それがいかにもせつならしい・・・そう思って、美希はしみじみと嬉しくなる。 美希の手の下にある肩の高さが、ガクンと下がった。靴の踵をそっと地面につけたせつなが、はぁっと溜息をついて、美希を振り向く。その何とも照れ臭そうな表情に、もう一度ニヤリと笑みを返して、美希はせつなの手を取った。 「急ごう。せつな、走れる?足が痛いなんて、言わないわよね。」 「当然でしょ!」 クスリと笑い合って、駅を目指して走り出す。少し秋めいてきた風が、手を繋いで走る二人の髪を、柔らかく揺らした。 まだラッシュアワーには間があるが、平日の午後だけあって、電車はそこそこに混んでいた。二人並んで、つり革につかまる。 目の前の座席には、大学生らしき若者が座っていて、イヤフォンで音楽を聴きながら、雑誌のページをめくっている。それをちらりと眺めてから、美希はせつなの耳元に口を寄せた。 「せつなにあんなに心配されるんじゃあ、アタシもそろそろ、克服しなきゃダメかしら。」 「何を?」 こちらを見上げて問い返すせつなに、一瞬グッと詰まってから、美希はさらに声をひそめる。 「もうっ!わざわざ言わせなくてもいいでしょう?」 「名前も口に出せないものを、克服なんて無理ね。」 クスクスと笑ってから、せつなは少し真顔になった。 「ねぇ、美希。怖いものって、やっぱり克服しなきゃいけないのかしら。」 「そりゃあ、モノにも拠ると思うけど・・・。」 せつなが告白した“一番怖いもの”を思い出して、美希は口ごもる。 「ごめんなさい、おかしなことを言って。怖いものは、有るよりは無い方がいいわよね。でも・・・。」 せつなは美希の顔から目を逸らし、少し言いづらそうに言葉を続けた。 「私、美希にも怖いものがあるって知って、ちょっと嬉しかったの。それを美希が教えてくれたのが、もっと嬉しかった。」 そう言って、せつなの顔が下を向く。 「そんな風に思うのって、やっぱり私・・・意地が悪いのかしら。」 「ちょっ、それは・・・」 美希が口を開きかけたとき、電車がホームに滑り込んだ。大学生の隣の席に座っていた、サラリーマンらしい二人連れが席を立つ。 「・・・座ろっか。」 美希が気を取り直したように、せつなを促す。そして、二人並んで座席に腰掛けると、さっきよりも一層近くなった横顔に向かって、おどけた調子で囁いた。 「もしそうなら、アタシもせつなに負けないくらい、意地が悪いってことになるわね。」 「え・・・?」 驚いたようにこちらを向くせつなに、美希はパチリと片目をつぶる。 「それに、ホントに意地が悪い相手に、アタシが弱みを見せるわけないでしょう?だってアタシ、完璧だもの。」 「美希ったら。」 せつなが少しうるんだ目でそう言ったと同時に、電車がガタンと大きく揺れて発車する。美希は思い切りバランスを崩して、せつなの肩にもたれかかった。 「ゴメン。完璧・・・じゃないわね。」 「クスッ。ううん、頼りにしてもらえて、嬉しいわ。」 せつなが珍しく、ニヤリといたずらっぽく笑う。そして、わずかに揺らいだ上体を元に戻すと、反対隣の席に向かって律儀に会釈した。そのとき、隣の彼が読んでいる雑誌が目に入って、せつなは、あ・・・と小さく声を上げた。 「ねぇ、美希。今までに、楽器の演奏を習ったことって、ある?」 「え?楽器?うーん、学校の音楽の授業で、リコーダーを吹いたくらいかな。ラブもブッキーも、そう変わらないと思うけど。それがどうかしたの?」 せつなの唐突とも言える問いに答えながら、美希はせつなの隣で広げられている、雑誌のページにちらりと目をやる。なるほど、どうやら音楽雑誌らしい。誌面を大きく飾っているのは、最近ニューヨークで話題になっているジャズピアニストが演奏している写真だ。 せつなは少し考えてから、おずおずと口を開く。 「お店に着く間に、少し聞いてほしいことがあるんだけど・・・いいかしら。」 そう言って、少し上目遣いに自分を見つめるせつなに、美希はここぞとばかりに、ニコリと完璧な笑顔を見せた。 「もっちろん、いいわよ。何でも言って。」 途端に身体ごとせつなに向き直られて、ほんの少したじろぐ。せつなはそんな美希にはお構いなしに、考え考え、ゆっくりと話し始めた。 「あのね。昨日の放課後のことなんだけど・・・」 ☆ 昨日――この日はせつなにとって、初めての日直の日だった。 四つ葉中学校では、日直は二人一組で担当する。授業が終わるたびに黒板を消したり、移動教室のときに窓とドアを閉めて電気を消したり、ひとつひとつは取るに足りないことだが、細かい仕事が朝から放課後まで続く当番。そもそも、「日直」という言葉を初めて聞いたせつなには、戸惑うこともさぞかし多いだろうと思いきや・・・。 「せつなっ!日直のことなら、どーんと任せて!まずねー、朝、先生が入って来たら、『起立!』って号令かけて・・・」 「違うわよ、ラブ。その前に、職員室に学級日誌を取りに行くんでしょう?東さん、わからないことがあったら、ラブじゃなくてわたしに、何でも訊いて。」 「東さん!チョークの粉で指が汚れないように、黒板消しは、僕が責任を持って掃除しておきますから!」 「いーえ、東さん。何だったら、明日は板書は無しってことで、僕が先生に掛け合いましょう!」 「・・・お前ら、いい加減にしろよ。東さんと日直をやるのは、俺だぞ!」 「それが一番、許せないんだぁぁぁ!!」 既に前日の時点で、ラブを筆頭に、次から次へとせつなの世話を焼きたがる級友たちが現れて、一緒に日直をやる男子生徒もたじたじ、というありさま。お陰で当日は、さして大変でもない日直の仕事よりも、そんな周囲の反応の方に大いに戸惑いを覚えつつ、せつなの初めての日直の日は、何だかワイワイと過ぎて行った。 そして、日直の最後の仕事である学級日誌を書き終えて、職員室へ届けに行った、その後のこと。 教室に鞄を取りに戻ったせつなは、人がまばらになった廊下を流れてくる音に気付いて、足を止めた。コロコロと軽快に転がるような、澄んだ音色。音楽の授業で、何度か聞いたことのある音だ。 (あれはピアノの音ね。きれい・・・。誰が弾いているのかしら。) 一緒に日誌を届けに行った日直の相棒と教室の前で別れ、音を頼りに歩き出す。辿り着いた先は予想通り、音楽室だった。半開きのドアの陰からそっと窺うと、ピアノの向こうに見える真剣な表情。弾いていたのは、せつなのクラスメイトの由美だった。ラブと仲良しで、まだ学校に慣れていないせつなを、いつもさりげなくフォローしてくれる子だ。 漆黒の髪を柔らかく揺らして曲のリズムを取りながら、右手ではゆったりと流れるようなメロディを、左手では軽快で正確無比な和音を奏でる。演奏のテクニックについてはわからないせつなにも、その両手から紡ぎ出される音の豊かさは、その耳で確かに感じることができた。 やがて曲が終わり、由美が楽譜から目を上げる。そして、ドアの陰のせつなに気付くと、嬉しそうな、困っているような、何とも複雑な表情になった。 せつなの方も、照れ笑いの表情で音楽室に入り、由美に近付く。 「ごめんなさい。教室の前でピアノが聞こえて、あんまりきれいだったから。」 「あ、ありがとう、東さん。教室まで聞こえてたんだ・・・。ドアが開いていたもんね。」 由美が赤い顔をして、ドギマギと言った。 「今度、地域の音楽祭で、合唱部が歌うことになっていてね。その伴奏を頼まれたの。いつもピアノを弾いていた子が、お父さんの転勤で、急に転校しちゃったものだから。」 「そうだったの。こんな素敵な伴奏なら、きっと合唱もうまくいくわね。」 せつながそう言って、ニコリと笑う。が、当の由美は、それを聞いて視線を泳がせると、ピアノの鍵盤に目を落とした。 「うまく・・・いかないの。わたし、どうしてもみんなの足を引っ張っちゃって。」 「どして?あんなにきれいに演奏してたじゃない。」 驚いて目を見張るせつなに、由美は顔を上げて、真剣な眼差しを向けた。 「東さん、お願い。今度は、そこで最初から聴いていてくれる?」 せつなが頷くと、由美はおもむろに手拍子を始めた。 「このテンポで、手拍子をしながら聴いてほしいんだけど。」 「わかったわ。このテンポね?」 せつなが由美と入れ替わりに手拍子を始める。由美は目を閉じて、その音に耳を澄ませてから、静かに鍵盤に指を乗せた。 由美の右手が流れるようなメロディを奏で、左手の指が三つの鍵盤で和音を作りだす。 曲が始まると、せつなの手拍子が、自然と四拍子になった。身体の動きを音楽の流れに合わせる――ダンスレッスンで、いつもやっていることだ。 (でも、何だかさっきとは違う。何だろう。) 手拍子をしながら、せつなは目をつぶって、じっと音に神経を集中する。 (さっきよりも、音が――硬い?) パッと目を開いて、ピアノの前の由美を見た。その顔は、さっきよりさらに真剣そのものに見えたが、メロディに乗っているような表情ではない。リズムを取っていた黒髪も、今は指の動きを見張っているように、左右に動いているだけだ。 やがて、曲がガラリと雰囲気を変え、左手がトリルの連打となる。その部分で、由美のテンポがせつなの手拍子と明らかにずれ、修正しようとした途端、音が飛んだ。 由美の表情が、さらに険しいものとなる。何とか止まらずに最後まで演奏できたものの、そこからの音はさらに硬く、メロディもリズミカルではなくなっていた。 「ごめんなさい、東さん。わたし、歌が入るとどうしても緊張してしまって・・・。だから合唱部のみんなとも、別々に練習してるの。手拍子だけなら、何とかなるかと思ったんだけどな。」 由美が、力なく肩を落とす。 「本番は一回きりだから、もしも大きな失敗でもしたら、って考えたら怖くって・・・。もう、あと十日しか無いのに。」 独り言のように呟く由美に、せつなは何も言えず、ただ、楽譜と鍵盤とを、じっと見つめるだけだった――。 ☆ 「それで?せつなは、どうしたいの?」 美希が、話を終えたせつなの顔を覗き込む。 「由美の役に立てることがあるなら、役に立ちたいんだけど・・・。」 せつなはそう言って、膝に置かれた自分の手を見つめた。 失敗が許されない状況――それは、せつなにとっては嫌と言うほど経験がある状況だ。そして、そういう時にこそ平常心が大切だということも、身に沁みて知っている。 平常心を保つためには、毎日の訓練を地道に積み上げて、常に平常心で居られるだけの自信を付けるしかない。逆に言えば、毎日の訓練を通して自分の力を正確に把握し、あらゆる事態を想定して対策が立てられれば、緊張して動けなくなるようなことはない――それが、せつなが経験から導き出した結論だった。 「そこまで判っているなら、その子にそう言ってあげればいいじゃない。勿論、練習は必死でやっているんだろうけど、こういうことって精神的な部分が大きいもの。誰かにアドバイスしてもらえれば、違ってくると思うよ?」 「でも・・・。」 美希の言葉に、せつなはちらりと顔を上げ、また膝の上に視線を落とす。 「私がそう思うようになったのは、ピアノや合唱とは程遠い経験を通してだもの。そんな経験と、同じに考えて良いワケが・・・」 「何言ってるの。同じよ。」 確信に満ちた力強い声が、せつなの顔を上げさせる。そこには、あのときウエスターに真っ向から啖呵を切ったときと同じ、強い光を湛えた美希の眼差しがあった。 「せつなの話を聞いて、モデルの仕事も同じだなって思ったもの。人前に立つのって、やっぱり怖いのよ?だから、毎日の努力の積み重ねが大事なの。そうでなければ、とてもじゃないけどモデルなんてやれないわ。」 小声ながらもきっぱりとそう言い切ってから、美希はせつなの目を見つめて、ゆっくりと、優しい声で言った。 「どんな経験にもさ。いろんなことに通じる大切なモノって、何かしらあるのよ、きっと。ううん、辛かったり寂しかったりした経験からこそ、そういうモノを掴んでやらなくちゃ。だってその時間も、アタシたちの大事な人生なんだもん。」 あっけにとられたように蒼い瞳を見つめていたせつなが、ゆっくりと、口元に小さな笑みを浮かべる。それを確かめてから、美希は内緒話でもするように、せつなの耳に顔を近付けた。 「もうひとつ、人前で緊張しない、とっておきの方法があるわ。そこに居る人たち全員が、自分のファンだ、って想像すればいいのよ。」 「ファン?」 不思議そうに小首を傾げるせつなに、美希は必死で言葉を探す。 「えーっと・・・みんながみんな、自分のことを大好きな人たちだって、想像するの。合唱部の仲間たちも、顧問の先生も、見に来てくれたお客さんも、み~んな、ね。大好きだって思ってくれる人たちの前なら怖くないし、一緒に音楽を楽しもうって思えるでしょう?」 せつながハッとしたように、美希の顔を見つめた。 「・・・そうね。音楽って、まずは楽しむものよね。ありがとう。大事なことを、忘れるところだった。」 美希はニコリと笑ってから、チロリと小さく舌を出す。 「まぁ、ホントのこと言うと、今のはママの受け売りなんだけどね。」 「さすが、元アイドルね。でも・・・。」 感心したように頷いてから、せつなは困った顔になった。 「由美に、そんなこと出来るかしら。彼女って、美希ほど完璧に図々しくは無いような気がするんだけど。」 「完璧に図々しいって・・・こら、せつな!」 美希が、小さく拳を振り上げる。そのとき、電車がスピードを落とし、車内アナウンスが高々と、二人が降りる駅の名前を読み上げた。 「あっ、着いた・・・。危ない危ない、アナウンスを聞き逃してたら、乗り過ごすところだったわね。」 美希が慌てた様子で席を立つ。せつなも急いでそれに続きながら、何だか不思議な気がしていた。 五日前にも同じ駅まで電車に乗ったはずなのに、今日はあのときよりずいぶん早く、到着したような気がしたから。 ☆ その翌週の日曜日。 「おはよう、美希。」 四つ葉町公園のドーナツカフェを訪れていた美希は、後ろから駆け寄って来る人影に、笑顔で手を上げた。 「おはよう、せつな。ドーナツ買いに来たの?」 「そう。由美と合唱部のみんなに、差し入れしようと思って。」 そう言って、せつなは嬉しそうに美希の姿を眺める。 「その服、今日も着てくれているのね。」 「ええ。今日は面会日なの。やっぱりパパにも、娘の新たな魅力を、発見させてあげなくっちゃね。」 美希が着ているのは、大きなチェック柄の赤いワンピースに、白いサマーニットのボレロ。この前一緒に出かけたとき、せつなが選んだ服だ。澄ましてポーズを決める美希に、せつなも笑顔になる。 面会日。それは、隣町に暮らす父と弟に、美希が会いに行く日だった。甘い物が好きだというお父さんに、いつものようにお土産のドーナツを買いに来たんだな、とせつなは納得する。 「差し入れって・・・そっか、今日は音楽祭の本番だっけ。」 美希がふと気付いたように、せつなに尋ねた。 「そうなの。ラブも一緒に行くんだけど、ラブったら、なかなか起きないもんだから・・・。今頃、きっと大慌てで支度してるわ。」 穏やかに微笑むせつなの表情が、その後の練習の充実ぶりを物語っている。 実際、あれからせつなは、ダンスレッスンの無い日には、由美と合唱部のメンバーと過ごすことが多かった。と言っても、せつな自身は音楽室の隅に座って、練習を見ているだけだったのだが、せつなが見に来ているというだけで、ヤケに張り切って練習する連中が居たことも、確かだ。 ワゴンの中でドーナツを袋に詰めていたカオルちゃんが、せつなの顔を見て、ニヤリと笑った。 「メロンドーナツの次は、マロンドーナツだよ~ん。メロンとマロン、名前だけは似てるよねっ。味は全然違うけど~。グハッ!」 二人でドーナツの袋を抱えて駅に向かう。二つの袋を何気なく眺めたせつなは、二重に折り返された袋の口が、どちらも左側の角だけ三角に折られているのを見て、小さく微笑んだ。 カオルちゃんの宿題――最悪にばかり目が行くのが『心配』なら、最高の最高にまで目が行ってしまうものは何か――。その答えが、あれから少しずつ形となって、せつなの心の中にある。 幼い姿のラブに、ラブという名前に託した想いを語って、元の世界へ送り返してくれた、源吉おじいさん。 自分のせいで割れてしまった宝石の欠片を磨いて、国政に携わる人々に渡したい――ジェフリーの祈りとも言える提案を受け入れた、めくるめく王国一家。 千香ちゃんが元気になるようにと願いを込めて、懸命にアサガオを育てた女の子。 そして、仲間が居なくなることが怖いと告白した自分に、一人ぼっちにはならないと、力強く励ましてくれた美希。 相手の最高の姿を思い描いて、そうなって欲しいと願うとき、人は「頑張れ」と呼びかける。励ましの声を、応援の気持ちを、相手に精一杯届けようとする。その『応援』を受け取ったとき、最高を示す「右の角」は、さらに高いところへ、明るい方へ、進んでいけるものなのかもしれない。今、そうせつなは思う。 勿論、正解はひとつではないのだろう。人間はひとりひとり、皆違うのだから。 でも、誰かを笑顔に出来る方法のひとつは、ここにあるような気がしていた。 そしてもしかしたら、自分も誰かに応援の気持ちを伝えて、最高の姿を見ることが出来るのかもしれないと、せつなはそっと、由美の笑顔を思い浮かべた。 「じゃあね。その、由美っていう子の晴れ姿、せつなのお陰で緊張を克服した姿を、ちゃあんと見て来て。」 美希が楽しそうにそう言って、せつなに小さく手を振る。今日は、二人の行き先が反対方向なのだ。 「ありがとう。美希も、何か克服したいものがあったら、何でも手伝うわ。」 真面目とも冗談ともつかない様子で、まっすぐに見つめてくるせつなに、美希はゴクリと唾を飲む。それを見て、せつなが堪え切れずにクスクスと笑い出したとき、改札口の方から、明るい声が響いて来た。 満面の笑みを浮かべたラブが、息せき切って走って来る。 「せーつなっ、お待たせ!はぁ、やっと追いついたぁ。あれ?美希たん!今日はお出かけ?」 そこでラブは、美希とせつなを交互に眺めると、途端にキラキラと瞳を輝かせた。 「わっはー!今日の美希たんとせつな、何だか見た目までそっくりだよぉ。な~んか凄~く、仲良しって感じ!」 言われて二人は、慌てて互いの姿を見比べる。 無地とチェックの違いがあるとは言え、二人とも赤いワンピースに白いボレロという出で立ち。おまけに揃ってドーナツの袋を抱えている姿は、確かに見た目まで、実に近しい雰囲気で・・・。 「な・・・何言ってるのよっ!!」 美希とせつなの声が、ぴったりと揃う。もしも声に色があるのなら、二人の声は、それぞれの服の色と同じのはずだ。 「ほら、ラブ、急ぐわよ。早くしないと音楽祭が始まっちゃうわ!」 せつなが美希に照れ臭そうに微笑んでから、いきなりラブの手を引っ張って、階段を駆け上がる。 「わ、わ、わ・・・。み、美希たん、またね!」 ラブはせつなに引きずられるようにして、それでも何とか、美希に手を振ってみせた。 「まったく。しょうがないなぁ、もう。」 美希がやっと、いつもの調子を取り戻す。そして、二人の親友の後ろ姿を見送ると、反対側のホームへの階段を、ゆっくりと、優雅な足取りで上がって行った。 ~終~ ~第3章:癒せ!祈りのハーモニー~ Episode10:宴のあとにへ続く
https://w.atwiki.jp/apgirlsss/pages/1689.html
かおすの140文字SS【30】 1.トロプリ小咄 考え過ぎじゃない?/かおす 「ねー前から聞こうと思ってたんだけどー、ヤラネーダって何をやらないの?」 「お化粧?」 「お金じゃないかな」 「仕事でしょ」 「勉強かなー。あ、チョンギーレ」 「あ?俺が知るかよ」 「教えてやらねーだ」 「ちげーよ」 「まさか《今》」 「今ヤラネーダ..まさに後回しね」 「そーだったのか」 2.はぐっと小咄 シャウトするのはまだ早いです/かおす 「えみる、来年の春映画がなくなるそうです」 「聞いたのです!」 「秋映画は再来年、20周年アニバーサリーの前夜祭でしょうか?」 「それでは来年のプリキュアがおろそかになるのです」 「案外、来年は全チームの続編が..」 「毎週ですか?」 「それもアリかと」 「ぎゅいーんとソウルが...」 3.はぐっと小咄 ハロウィン/かおす 「ハロウィンなのです! るーるー!トリックオアトリート!」 「とりーとおあとりーと」 「はい?」 「トリートorトリート」 「それ、どっかおかしくないですか?」 「全部おかしです」 「いとをかしですね」 「あはれと言って下さい(笑)」 4.トロプリ小咄 70人越えのアニバーサリー/かおす 「今プリキュアって70人くらいいるでしょー?」 「まなつ、一度に全員映画に出るのは無理。たぶん」 「だったら1年かけて全員紹介すればいいじゃない」 「それでも1話に2人は紹介しないと」 「毎回10本立てなら楽勝よ」 「映画プリキュア初の前後編かなー」 「いーねー!」 「鬼が笑ってる」 5.5で小咄 みんなで悩もうアニバーサリー/かおす 「こまち、何悩んでいるの?」 「かれん…実は主人公が70人いるお話を考えてるんだけど…」 「70人~? 登場人物がじゃなくてー?」 「登場人物全体となると…サブの妖精達だけでも…」 「そりゃむちゃですよー」 「他に脇役もいるんですよねー」 「2時間あっても変身だけで終わっちゃうわね」 6.ハトプリ小咄 無理があるんじゃないんでしょうか/かおす 「うっきゃー、間に合うかなー 普段着とー、パーティーシーンとー」 「えりか、一体何を…」 「いやね、再来年に迫ったアニバーサリーに向けて、みんなの衣装をさー」 「今からですか?」 「だって来年にはもう制作に入るんだからー」 「そうだね、衣装合わせに振り付けに…」 「70人で踊るの?」 7.スマプリ小咄 20thアニバーサリーロボ/かおす 「70人いれば、頭に10人、胴体に20人、手足にそれぞれ10人ずつ、超巨大合体ロボが作れます!」 「やよいー、1体にしなくっていーんじゃない」 「またロボット...」 「じゃあ、チームそれぞれが所有するとして、マックスハートロボからー」 「作画が死にます」 「熱血勝負だー」 「あかんて」 8.スイプリ小咄 20thアニバーサリーミュージック/かおす 「さー、久しぶりに晴れの舞台だー!」 「響、みんなで練習?」 「音楽チームでラストの演奏! コレをやんなきゃ女がすたる!」 「あたしは三味線でもいいかな」 「エレン、まじー?」 「バイオリンのチームもいるし」 「あ、ドラムがいない」 「じゃあ来年は太鼓のプリキュア!」 「それはないって」 9.フレプリ小咄 20thアニバーサリーダンス/かおす 「さてとー、今度はどんなダンスかなー」 「楽しみねラブ。でも、70人となると」 「スリラーね」 「せつなさん、それありかなー」 「さもなくば盆踊りかしら」 「美希たん、それは…うーんアリのよーな」 「スリラーだと、ざっざっざで演台から落ちるわね」 「スリラーなの?」 10.トロプリ小咄 らすぼす/かおす 「うおおー なぜだー まさかー これがよくあるラスボスの最後。でも後回しの魔女の場合、この局面で 明日にするわ おそらく永遠におわらない」 「そうかなー、今できることをすれば..」 「時間軸が違う。堂々巡り」 「だからくるるんなんだ~」 「違うわよ」 「もう明日にしよう」 「なぜだー!」
https://w.atwiki.jp/fleshyuri/pages/468.html
夜も更けた、桃園家。 自分の部屋のベッドの中で、せつなはゆっくりと目を開けた。 「……んん」 まぶたを半分だけ開けた状態で、ゆっくりと身を起こすと、 まだまどろみの中にいるような、緩慢な動作で右、左と振り向き周囲を窺う。 「……」 そして、目当てのものが机の上にあることに気が付くと、 もぞもぞとベッドから這い出したのだった。 「……?」 ラブは、違和感に気づいて目を覚ました。 後ろから何かにしがみ付かれているような感覚。 (もしかして……) それが、ほんのりとした温かみを持っていることを感じ取り、その正体を察知。 横向きにしていた体をゆっくりと180度回して、その「何か」の方に向き直る。 「……あ、やっぱり」 ラブの予想通り、そこにいたのは赤いパジャマ姿のせつなだった。 そしてその傍らには、彼女の持ち物である赤いリンクルンが アカルンが刺さった状態で置かれている。 音を立てて起こさないように、というせつななりの配慮なのか、 わざわざ隣の部屋からテレポートして来たようだ。 しかも、ベッドの布団の中、それもラブが寝ている位置の真横に 直接テレポートするというかなり精度の高い瞬間移動をこなしている。 「……全く、この娘は」 一緒に寝たいならそう言えばいいのに、そう思い、ラブはやれやれと溜息。 (そんな素直じゃないところも可愛いんだけどね……っと) そして、自らの手を広げると、せつなの体を包み込むように抱きしめる。 あたしだってせつなが来てくれて嬉しいんだぞ、という気持ちを込めて。 「……」 せつなの目が再び開かれる。 今度も半分だけ開かれたまぶたの中で、やや焦点の合わない目が 自分の状況を確認しようとする。 「……!」 目に映りこんだ映像が頭の中で形となり、せつなに伝える。 今、目の前にいるのは、彼女にとってとても愛しい人であるということ。 そして、体に伝わる感覚が、その人に抱きしめられているということを伝えてくる。 それを理解したせつなの顔に浮かぶのは、至福の笑み。 「……んぅ~」 目の前にある愛しい人の頬に自らの頬を擦りよせる。 そうすれば、心の中の嬉しい気持ち、相手を愛おしく思う気持ちを 相手に伝える事が出来るのではないか、まるでそう思っているかのように。 何度も何度も繰り返す。 「……ん」 やがて、その行為に満足したのか、相手に頬を擦り付けたまま、再び眠りに付こうとする。 「……?」 しかし、せつなは何かに気づいたかのように、ふと動きを止める。 その心によぎるのは、何かが足りない、という違和感。 「……!」 しばし思いを巡らせ、それが何なのかに気が付いた彼女は、 先程から傍らに置かれたままの「それ」にゆっくりと手を伸ばすのだった。 暫くして、部屋の中に赤い光が一回、二回と満ちては消える。 その光がもたらしたのは、せつなが望んだもの。 「……ん」 周囲を見渡し、満足気に頷くと、今度こそ眠りにつくのだった。 「……で、これは一体どういうこと?」 自分のベッドの上の状況が理解出来ず、困惑するラブ。 朝になって、目を覚ました彼女が見たものは、 両脇で眠っているパジャマ姿の美希と祈里だった。 その光景に軽く思考停止しかけたラブだったが、 自分の体の上にのしかかっているものの存在に気づいて、状況を理解する。 「多分……ていうかこの娘の仕業だよね、やっぱり」 いつの間にかうつ伏せになっていたラブの胸元。 そこには、それを枕変わりにしているせつながいた。 「……すぅ……すぅ」 彼女は、ラブの胸に顔をうずめ、体を重ね合わせるようにして眠っている。 その右手は隣の美希の、また左手は反対側の祈里の腕に絡められている。 大切な人、かけがえの無い仲間達に囲まれているせつなの顔に浮かぶのは 何かをやり遂げたかのような満足気な笑み。 (……もしかして、またパジャマパーティーがやりたっかった、とか?) 先日、久しぶりに桃園家で行われたパジャマパーティーのことを思い出すラブ。 初参加だったせつなが、やることの一つ一つに目を輝かせて喜び、 終始楽しそうにしていた事は良く覚えている。 またみんなと一緒にやりたい、とせつなが思ったとしても不思議は無い。 (だとしてもこれはちょっとやりすぎでしょ!まったく……) これは流石に後で言い聞かせておかないと、とラブは思う。 同時に、早めに次のパジャマパーティーをやってあげよう、とも。 そうすれば、こういう困った事態を引き起こすことも無くなるだろうから。 「さて……まずはこの状態をなんとかしないとね。 で、まずは誰から起こしたらいいんだか……」 とりあえずは後の事より目の前の事態の収拾。 それを思い、一人頭を抱えるラブだった。 「なるほど、状況はわかったわ。だけど……」 「……それって、せつなちゃんを起こすしかないんじゃないの?」 結局、美希と祈里を起こす事にしたラブ。 巻き込まれた者同士で話をした方が早そうだから、と判断したからだ。 「いやあ……それはわかってるんだけどさあ……だけど……」 「ラブ、今日が平日だってこと忘れてない? 貴方達はともかく、アタシとブッキーはせつなに送り返して貰わないと 学校にも行けないのよ?」 何故か言葉を濁すラブに、美希がもっともな点を指摘する。 時計を見ると、まだ余裕が無いわけでもない時間だが、 ラブとせつなとは通う学校も通学路も異なる二人のことを考えると 問題の解決に時間を掛けていられないだろう。 「うーん……」 それでも、ラブの態度は煮え切らない。 (あたしだって……それくらいはわかってるよ。でも……) 目の前にあるせつなの顔を見る。 「……んう」 身じろぎと共に、その眠っている顔の表情が変化する。 出てきたのは、頬を緩ませた無邪気な笑顔。 (わはーっ!……か、可愛いっ!!) その爆発的な輝きを持った笑顔の前に、ラブが一瞬で陥落する。 「ゴメン美希タン、あたしにはこのせつなの笑顔を奪う事なんて出来ない。 ……あたしも付き合うから、みんなで一緒に遅刻しよう」 「いやいやいやいや、それわけ判らないから」 頬が緩むどころか、完全に惚けきった顔でせつなを見つめるラブ。 ダメだこの子は、アタシがなんとかしないと。 魅了状態からの回復が期待できそうもないラブを見限り、 美希が心を鬼にして行動に出ようとした刹那。 「んふふふふふふ~」 嬉しそうな声と共に、せつなが美希に絡めていた腕を引っ張った。 「わわっ、せつなっ!」 不意を衝かれた行動に、美希はせつなのなすがままに引き寄せられる。 それによって、美希の顔の至近距離に、ラブを陥落させた笑顔が配置されることになる。 (うわ……これは確かに……可愛いっ! いやいや、気をしっかり持てアタシの心! ここでラブと同じ道を辿った日には遅刻確定よ!) その圧倒的な破壊力の前に、顔を赤らめながらも必死で平静を保とうとする美希。 しかし。 運命とは常に無情なもの。 そんな彼女に、意外な方面からの伏兵が襲ってきた。 「美希ちゃん、顔真っ赤だね。 ……そんなに見惚れるくらい、せつなちゃんのこと可愛いって思ってるのかな?」 何かに例えるなら、真冬の極北に吹きすさぶブリザード。 そんな声が、せつなの笑顔の後方から聞こえてきた。 「……え?」 効果音をつけるなら、ガ行の二番目の擬音。 そんなぎこちない動作で首を回し、美希はその声のした方を見る。 「ねえ美希ちゃん、今すぐに話をしたいんだけど、ちょっとだけいい?」 声の主である山吹祈里は、返答を待たずして立ち上がると、 ベッドから降りて美希の背中の真後ろまで移動。 せつなちゃんごめんね、と美希に絡ませていた方の腕もほどくと、 目標を諸手でがっちりとホールドする。 「さ、行きましょ」 「……あの、ブッキー……怒ってる……?」 極寒の声色で言葉を紡ぐ祈里に、美希は恐る恐る尋ねる。 「ううん、怒ってないわよ。 ……やだなあ美希ちゃん、ちょっとお話しようねって言ってるだけだってば」 受け答えは普通。 目も、口元も笑っている。美希がよく知っている天使のような笑顔の祈里。 ―――ただ、声色だけがどこまでも冷たい。 「あ、ラブちゃん、ちょっとベランダ借りるわね」 先程から惚けたままのラブに一応声を掛けると、 祈里は美希を引きずって移動を開始する。 「え?ベランダって……、ちょっとブッキー、 今の季節にパジャマでベランダはまずいでしょ! ……ちょっと、ブッキーってば!」 美希の必死の抗議も虚しく、ベランダに続く窓が開かれて――― ――そして、閉じた。 「ラブ~、せっちゃ~ん、そろそろ時間よ、起きなさーい!」 部屋の外、階段の下から聞こえてくるあゆみの声。 それを耳にして、せつなは意識を覚醒させた。 (……あれ?お母さんの声?) いつもならこうして呼ばれる前に起きて、ラブを起こしに行く。 その為の目覚ましをセットしている筈なのに今日は鳴った記憶が無い。 違和感を覚えつつも、せつなは上体を起こして、ゆっくりと目を開く。 「……」 その目の中に飛び込んできた光景。 自分がラブの部屋の中にいるという事実。 惚けた表情でこちらを見つめているラブ。 ラブの背中越しに見える窓の外で、パジャマ姿で正座している美希と、 その前で仁王立ちしている祈里。 その全てがせつなの頭の中で一つの形となり、 彼女の口からの言葉となって紡ぎだされる。 首を傾げる行為と共に発せられた一つの言葉。それは。 「……………………どして?」 後で聞いてみたら、せつなはその日の夜の事を何一つ覚えてませんでしたとさ。 <おしまい>
https://w.atwiki.jp/apgirlsss/pages/92.html
Tears of the clover:episode.2 小さな頃から、いつもふたりを追いかけていた気がする。 ラブちゃんと美希ちゃん。 私にとって、ふたりは憧れのひとだ。 全くタイプは違うけど、ふたりはいつも私を守ってくれる王子様みたいな存在だった。 けれどいつの頃からか、ラブちゃんにはせつなちゃんという親友が出来て、親友以上の関係になって…。 そんなふたりの姿に触発された訳じゃないけれど、美希ちゃんと私はふたりで会う機会が自然に増えて、いつのまにか私は美希ちゃんに恋心を抱くようになっていた。 先月くらいだろうか。 私は自分の気持ちを、恋の先輩としてラブちゃんに相談してみたんだけれど、その頃くらいから少しずつ、ラブちゃんの態度がおかしくなっていった。 せつなちゃんと付き合い出してからぱったりと途絶えていたメールが増え、内容は「恋愛相談に乗るから会おう」というもの。 実際に会えば、美希ちゃんの話には上の空で、紅潮した頬で、穴が開きそうなほど私ばかり見つめる。 ラブちゃん、ヘンだよ。 ラブちゃんはせつなちゃんが好きなんだよね? 私は美希ちゃんが好き。 好きなはず。 なのに。私もヘンになってきちゃったみたい… ラブちゃんは私と会っている時には、せつなちゃんの話はしない。 逆に、私は美希ちゃんの話ばかりする。 ラブちゃんが何か言い出しそうで怖いから、聞いていなくても話しつづける。 美希ちゃんって大人っぽいわよね、憧れちゃう。 美希ちゃんって香水つけてていい匂いがする、素敵だなぁ。 美希ちゃんが… 美希ちゃんが… そんな私のくちびるは、突如ラブちゃんのくちびるに塞がれた。 抵抗も抗議もしなかった。 いつかはこうなるだろうと、何となくわかっていた。 むしろ、こうなることを心のどこかで望んでいた。 嬉しいのに、何故だか哀しい。 私はラブちゃんが好き。例えラブちゃんが誰を好きでも。 瞳を閉じると、ぽろり、と一粒の涙がこぼれた。 【蒼い炎】へ
https://w.atwiki.jp/apgirlsss/pages/281.html
第24話『帰ってきたせっちゃん――ある日のせっちゃん。空が荒れる日――』 風が止んだ。 強い日もある。弱い日もある。 でも、まるで空気が動かない日なんて、いつ以来だか思い出すこともできない。 燦然と輝く太陽。しかし、時折、通り過ぎる暗雲が大地に影を落とす。 上空では、緩やかな風が流れているのだろう。 白い雲は高く、黒い雲は低く、高低差のある雲が別々の速さで移動する。 二色の雲の隙間から、光の筋が後光となって十字に走る。 畏敬すら感じる雄大な空の景観。初めて見る空の異変に、せつなは本能的な恐怖を感じていた。 「せつな、どうしたの? 急がないと遅刻しちゃうよ?」 「ええ、ごめんなさい。ねえ、ラブ。台風の前っていつもこうなの?」 「う~ん、よくわからないよ。あたしは雷が鳴らない限りは気にしないし」 「雷も怖いけど、もっと良くないことが起こりそうな気がするの……」 授業が始まっても、せつなは空模様の移り変わりが気になって、ずっと窓ばかり見ていた。 それは他の生徒も同じようで、先生も特に注意しようとしない。 不自然なくらい静かだった外の様子が変わっていく。 再び風が吹き始め、上空の青空を包むように、南から本格的に厚い雲が押し寄せる。 パラパラと小雨が振り出した時点で授業は中断され、昼を待たずして全校生徒は帰宅を命じられた。 「あ~あ、今日の給食楽しみだったのにな」 「もう、ラブったら。それどころじゃないでしょ?」 せつなが、普段とは表情の違う商店街を眺めながらたしなめる。 人々の笑顔と、幸せが集まる場所。それがクローバータウンストリートだった。 道を歩いているだけでお店の人から声をかけられたり、挨拶したり。買い物する人、散歩する人で賑わって。 そんな喧騒は鳴りを潜め、シャッターを閉じた店舗ばかりが並び、閑散とした雰囲気が漂う。 「開いてるのは、日用品と食料品のお店だけね」 「うん、おかあさんは遅くなるって言ってたね。水とかがよく売れるからって」 流石に、ラブも不安そうに街の様子を見渡す。 台風は、毎年、必ずと言っていいほどやって来る。でも、今回は超大型と呼ばれる規模の大きいものだった。 大事な街、大切なお店の数々。二人で空を見上げながら、大きな被害が出ないことを祈った。 『帰ってきたせっちゃん――ある日のせっちゃん。空が荒れる日――』 桃園家の庭で庭木の支柱を立てていた圭太郎が、手を止めて帰宅したラブとせつなを迎える。 既にアンテナの補強を済ませ、ゴミ箱や鉢植え等も、全て家の中に移してあった。 「お帰り。ラブ、せっちゃん」 「ただいま、おとうさん」 「おとうさん、お仕事じゃなかったの?」 「お母さんから連絡があってな、早引きして帰ってきたんだ」 「そっか、予報よりも早く荒れそうだもんね」 「私も何か手伝うわ」 庭の手入れや大工仕事は圭太郎に任せて、ラブとせつなは溝と排水溝の掃除を受け持った。 準備の遅れている近所の家の手伝いもしていたら、あっという間に夕方になった。 既に空は分厚い雲に覆われていて、太陽なんてどこにも見えない。 それなのに、空が赤い。 夕日とは異なる光景。一面に広がる雲が、絵の具でも落としたかのように真っ赤に染まっていた。 「明日が本番らしいが、今夜から荒れるかもしれないな。ラブとせっちゃんはもう家の中に入っておくんだ」 「おとうさんはどうするの?」 「僕は今からお母さんを迎えに行く。そろそろ終わる時間だろう」 「あたしも行こうか?」 「私も行くわ」 「ありがとう。でも、まだ風も雨も弱いから大丈夫だ」 圭太郎を見送ってから、ラブとせつなは万一に備えた避難用具をカバンに詰めていく。 懐中電灯・ローソク・マッチ・携帯ラジオ・予備の乾電池・救急薬品・衣料品・非常用食料・携帯ボンベ式コンロ。 全部入れたら、ちょうど大きなカバン四つになった。 「こうしてみると、なんだか旅行の準備みたいだね」 「そうね、役に立たないといいのだけど……」 空の色が赤から黒に変わってきた頃、あゆみと圭太郎が帰宅した。 外の雨はますます激しくなっていて、二人ともレインコートを羽織っていた。 「ただいま。ラブ、せっちゃん」 「遅くなってしまったよ」 『おかえりなさい!!』 家族が揃ったことで、ようやくせつなにも笑顔が戻る。 あゆみの買ってきた食材で、三人で夕飯を作ることにした。 「今日はゴーヤと、じゃがいもを買ってきたのよ」 「どうしてゴーヤなの?」 「沖縄から上陸するから、そこの食材を縁起を担いで食べるといいらしいの」 「じゃがいもは何に使うのかしら?」 「台風の日は、なぜかコロッケがよく売れるのよね。だからコロッケも作っちゃいましょう」 「うん。なら、それは私に任せて!」 「あたしはゴーヤチャンプルを作るよ」 「あらあら、じゃあわたしはお吸い物でも作ろうかしら」 普段通りの楽しい夕ご飯。こんな時でも、家族が揃っていれば不思議と安心できる。 話題は主に台風のお話だったけど、三人とも、不安を煽らないように冗談を交えて聞かせてくれた。 「僕が子どもの頃は、台風が来ると、なんだかワクワクして楽しかったな」 「お父さんは、学校が休みになるのが嬉しかったんでしょ?」 「ははは、それもあるなあ」 「えぇ~信じられない。学校に行けないと寂しいじゃない!」 「そんなことよりも、街が壊れちゃわないか心配だわ」 「わたしの父、おじいちゃんはね、台風の日でも仕事してたわ」 「畳職人だったのよね?」 「ええ。『この家も職人の手によるものだ、滅多なことじゃビクともしねえ』ってね」 小さな台風なら、せつなも昨年に経験している。しかし、それは直撃もしておらず、大きな被害もなかった。 今回は規模が違う。書籍やテレビで、台風の本来の破壊力を知ってしまった。この街にも、同じことが起こるかもしれない。 青い顔をしているせつなを心配して、食事が終わっても四人は一緒に過ごした。 テレビを見ながら、みんなで体を寄せ合うようにして居間で過ごす。 ラブはせつなが小刻みに震えているのを見て、そっと、自分の掌をせつなの手の上に重ねた。 「せつな、怖いの?」 「うん。空が荒れるなんて、私には馴染みのないことだから……」 「そっか、ラビリンスじゃ天候すら管理されてたんだよね」 「信じがたい話だなあ……」 「安心だけど、それも寂しい気もするわね」 「私も、天気は決まってない方が好きよ。でも、自然は優しいだけじゃないのね」 「心配いらないよ! あたしがついてるじゃない!」 「わたしも頼ってもらわなくちゃ」 「僕が補強したんだから、絶対に大丈夫だ」 「うん、ありがとう」 せつなは努めて笑顔を作る。でも、不安は晴れなかった。 せつなが心配しているのは、自分のことではなくて、この家のことだけでもなくて―― 大好きなこの街が、壊れてしまうことだったのだから。 天と地を貫く眩い閃光。 月の光もなく、星が輝くこともない、 暗く、深い、漆黒の闇を、一瞬にして白く照らし出す雷光。 大量の雨粒が地表に叩きつけられる騒音の中にあって、一層の存在感を持って轟き渡る雷鳴。 この世界では古来より「神鳴り」と恐れられた、大自然の脅威の一つ。 「なのはわかるんだけど……ちょっと脅えすぎよ? ラブ」 「いや、だって怖いよ? って、キャアァァ――!!」 「はぁ~、それじゃ自分のベッドには戻れそうにないわね。しょうがないから一緒に寝ましょう」 「えへへ、やったね!」 雷の被害にあって命を失う確率は、一億分の一とも言われている。 ある意味、もっとも被害の少ない自然災害なのだが、ラブの言うには危険だから怖いわけではないらしい。 「キャアァァ――!!」 「はいはい、大丈夫よ」 先ほどとは、まるで正反対。せつなは、脅えてしがみ付くラブの背中をさすりながらクスリと笑った。 この様子では、朝まで寝かせてもらえないかもしれないと。 不思議なことに、そんな頼りないラブの体温を感じていると、さっきまで恐れていた台風の不安も薄らいでいくのだった。 雷が止んだのは、深夜遅くになってからだった。そこで、やっとラブが眠りに付く。 しかし、その後も暴風雨は容赦なく襲いかかる。 窓を叩く雨の音によってせつなが目を覚ましたのは、本来なら学校に遅刻してしまうような時間だった。 「ラブ、起きて。もうこんな時間よ」 「うう~ん? まだ暗いよ?」 「暗いのは厚い雲が空を覆っているからよ。風も昨日にも増して強いわ」 「どれどれ……。キャッ!」 外の様子を確認しようとしたラブが、慌てて窓を閉める。 突風と、それによって運ばれた雨が、ラブのパジャマを容赦なく濡らした。 「これは、確認するまでもないね。今日も学校は休みだよ」 「それはわかるけど、商店街や学校は大丈夫かしら?」 朝だというのに外に光はなく、まるで夜のように暗い。 真っ黒な厚い雲が、空を一面に覆う。微かに東の空が赤いのが、朝日の残滓なのだろう。 空は変化がないように見えて、よく目を凝らせば、雨雲がかなりの速度で移動しているのがわかる。 秋の高い空とは対照的に、厚い雨雲は地上に降りようとしているかのように、威圧感を伴って低く低く漂う。 「なんだか、雲が落ちてきそうで怖いわね」 「バケツをひっくり返したような大雨も、この雲から生まれてるんだよね。だから重たいのかな?」 「クスッ、確かにこれだけの雨を降らせる雲が、空に浮かんでいるのは不思議ね」 「こんなに強い風が吹いてるんだもん、雲なんてビュンって飛ばされちゃいそうなのにね」 せつなにとって、この世界の出来事は常に驚きと発見に満ちている。 ラブもそんなせつなと共に過ごすことで、多感な感性が更に敏感になっていた。 これまでなら、静かに通り過ぎるのを待つだけの台風にも、こうしてあれこれと想いを巡らせる。 雲は、大気中にかたまって浮かぶ水滴や氷の粒で構成されているらしい。 高度も大きさもバラバラだが、質量など無いに等しいだろう。本質的には霧と全く同じものなのだとか。 そんなものが台風の風圧にも散り散りにされず、地上に洪水をもたらすほどの大雨を降らせ、木々をなぎ倒す落雷をも発生させる。 なんて神秘的な存在なのだろうと思う。あらためて、祖国ラビリンスが失ったものの大きさを知る。 「ラブ~、せっちゃん~、朝ご飯ができたわよ」 『は~い!!』 食卓には圭太郎が先に座っていて、珍しく新聞を広げていた。行儀が悪いとあゆみに注意される。 頭をかきながら、ラブとせつなに気が付いて挨拶をした。二人も笑って返事をする。きっと、台風の被害が気になるのだろう。 暴風警報で、当然のように学校は自宅待機。一部の地域では避難勧告も出ているらしい。圭太郎とあゆみの仕事も休みになった。 テレビのニュースでは、屋根の一部がはがされたり、自宅の一部が水没したりと、痛々しい報道が続く。 その都度、せつなの表情は曇っていく。何もできないとしても、ここでじっとはしていられない。そんな気がしてくる。 「おかあさん。私、食事が済んだら外の様子を見てくる」 「ダメです!」 「危ないことはしないわ! テレビじゃこの辺りは映らないもの。ちょっと見に行くだけだから」 「ダメと言ったら、ダメよ。外に出ると危ないからお休みなのよ」 「でもっ!」 「せつな。あたしたちは、あたしたちにできることをしようよ」 「私たちにできることって?」 「えっと、トランプ遊びとか、録画しておいた映画を観るとか」 「…………」 「あはは。ダメ……かな?」 「せっちゃん、自然に対して人が出来ることはないの。それよりもラブの勉強を見てあげて」 「わかったわ、おかあさん。ラブ、今日の私は特別に厳しいわよ?」 「お手柔らかにお願いします……」 昼過ぎになって、更に台風は勢いを強めた。まるで地震でも起きたかのように家が揺れ、ミシミシと軋みを上げる。 圭太郎とあゆみはそれでも落ち着いていて、「大丈夫よ」と微笑んだ。 結局、勉強の後は本当にトランプで遊んだり、映画を観たりして過ごした。ただし、あゆみと圭太郎も一緒に。 家族四人でお出かけすることはあっても、こうして一日中家で一緒に過ごすのは初めてだった。 せつなは不謹慎だと思いつつも、子どもの頃は台風が楽しみだったと言った、圭太郎の気持ちが少しだけわかるような気がした。 台風のような非日常でしか、得られない時間がある。そして、発見があるのだと。 暴風雨は、強くなったり、弱くなったりを繰り返しながら、深夜まで続いた。 流石に慣れてきたのと、やっぱり緊張が続いて疲れていたのだろう。その日はみんな早く布団に入って、ぐっすりと眠った。 「なに……これ?」 昨日とはまるで別世界。どこまでも青く澄み渡る空は、かつて見たこともないくらいに美しかった。 これが――台風一過。台風が過ぎ去った後、清清しい天候になること。 でも、せつなには、そんな空を楽しむ心の余裕なんてなかった。 「ひどい……。ずいぶんやられちゃったね」 「こんなのって……」 「せつな?」 「こんなのって、こんなのってないわっ!」 支柱を立てたにも関わらず、大きく二つに折れた庭の木。 建物の一部が損壊し、あちこちで看板や旗が引き千切られた商店街。 なぎ倒されて、へしゃげた駅前の自転車の山。ブロック塀ごと倒れてしまった学校のフェンス。 休日で生徒の居ない校庭では、数人の教師がゴミの回収作業に追われる。 四つ葉公園の美しい紅葉は、見る影も無いほどに葉が散って、剥き出しのハダカの枝が痛々しく連なる。 真っ赤な絨毯と感じていた落ち葉は、風で飛ばされて四方八方に散乱する。もはや、秋の風情の欠片も感じられない。 「自然は、美しくて、優しくて、心を豊かにしてくれるものじゃなかったの?」 肌を撫でる爽やかな秋風ですら、今のせつなには暴風の名残のように思えて憎らしかった。 街中を駆け回って、クタクタになった先にたどり着いたのは、先日、写生会でモチーフにした四つ葉公園の湖の畔だった。 無残に散った葉っぱは、風に散らされて水面を覆う。 ロープで繋がれていたであろう数隻のスワンボートは、湖の中央で転覆していた。 「帰らなきゃ。きっと、みんな心配してる……」 フラフラと、せつなは歩き始める。 一つ一つの被害なら、かつてのラビリンスの襲撃ほどではないだろう。 でも、ここまで広範囲に、一度に何もかも滅茶苦茶にするなんて。そんな暴力がこの世界にあるだなんて、認めたくなかった。 どの道を通って帰ってきたのか、自分でもわからない。ふと気が付けば、せつなは商店街に戻ってきていた。 なるべく、足元しか見ないように歩いてきたからだ。 目の前には駄菓子屋さんがある。お婆さんが低いキャタツに乗って、壊れた日除けを外そうとしていた。 「おばあさん。それ、私にやらせてください」 「おや、せつなちゃんかい。助かるよ」 その後も、一通りの掃除や後片付けを手伝った。 全てを終えて帰ろうとするせつなを、お婆さんが引き止める。 「お待ち、疲れたろう? そんな時は甘いお菓子が一番さね」 「でも……」 「いいから、お上がり。そんな顔をしてる娘を放っておけるもんかい」 話したいことがあるからと、強引に店の中に押し込まれる。 ちゃぶ台の前で正座するせつなに、熱い緑茶とお店のお菓子が振舞われた。 「泣きそうな顔をしてたよ。何かあったのかい?」 「何かって……。何もなかった場所なんて、どこにもなかったわ」 「そうだね。起きちまったことは、クヨクヨしたって始まらない。そうは思わないかい?」 「ラビリンスなら……。ラビリンスの科学力なら、台風だって押さえ込める。天災なんて失くすことができる」 「そういや、お前さんはプリキュアの一人だったね。でも、あたしはそんなの御免だね」 「どうしてですか? こんなに酷い目にあったのに」 「人間ってのは傲慢な生き物でね。どんなに幸せに恵まれたって、すぐに慣れちまって感謝の気持ちを失ってしまう。 だから、時々こうやってガツンと神様に叱ってもらう必要があるんだよ」 「この街の人たちは、叱られるようなことなんてしてないわ!」 「まあ高いところにいる神様にゃ、良い人悪い人なんて区別は付かないのかもしれないね」 「だったら、そんな神様なんていらないわっ!」 「要るんだよ。自然を畏れて、その恵みに感謝する心。それを失わないためにはね」 珍しく饒舌なお婆さんの言葉に、せつなは黙って耳を傾ける。 人間は自然の一部であり、自然を排除するのではなくて、共存してその力を借りることで発展してきた。 信仰や宗教、祭りや儀礼、詩歌や踊り、絵画や彫刻、住まいやエネルギー。せつなが愛する、この街の全てもまた、自然から生まれたのだと。 自然の力に「八百万の神々」を感じ、畏れ敬い、感謝と謙虚の心を持って、自然と共に生きていく。 その心を失った時、人もまた、人間らしさを失うのだと。 「夜があるから夜明けもあるんだよ。壊れやすいものだからこそ、大切にしたいと願うのさ」 「でも、取り返しの付かないものを失う人もいるはずよ」 「取り返しの付くものなんて、そうそうありはしないよ。だからこそ、人は支え合うんじゃないのかい?」 「だけど……だけど……。こんなの、悲しいものっ!」 お婆さんは一度話を切って、お茶の代わりを淹れる。せつなが落ち着くのを待って、再びゆっくりと話し出す。 「あたしだって、天災を歓迎してるわけじゃない。悲しい時は泣くといい。でも、それが済んだらもう一度街を見てごらん」 「もう、十分に見たわ……」 「いいから、ごらん」 せつなは再び外に出る。そこには、朝とは比べ物にならないくらいの人々が集まっていた。 それぞれ壊れた家を直したり、掃除や片付けをしたり。 それは、たった今、せつなもやっていたこと。ただ、一つ違うのは―― みんな、笑顔で取組んでいることだった。 「よっ、婆さん。壊れた日除けの代わりを持ってきてやったぞ」 「ありがとうよ。お礼に好きなお菓子を持って行っておくれ」 「馬鹿言わないでくれよ、とても釣り合うもんじゃねえよ。でもまあ、今日は大サービスだ」 被害の小さかった者は、大きかった者を助ける。助ける方も、助けられる方も、瞳に強い意思の力が宿っていた。 「どうして? こんなに滅茶苦茶になったのに」 「到底、立て直せないとでも思ったかい? まあ、一人じゃ無理だろうけどね」 「悲しいって気持ちを、悔しいって気持ちに変えて頑張るのさ。いつか、楽しいって気持ちに変わるまでね」 「一人じゃないから? そうね、一人で直すわけじゃないのよね」 「おじさま、私にも何かやらせてください!」 せつなは、日除けの取り付けの手伝いを申し出る。それが終わったら、他のお店の手伝いに回るつもりだった。 明るい表情で作業に取り掛かるせつなを、お婆さんは眩しそうに見つめてつぶやく。 「納得なんてしなくていいのさ、まだ若いんだからね。でも、あたしはこの歳になって思うんだよ。 幸せなだけの世界なんて、不幸なだけの世界と、なんの違いもありはしないってね。 望まなくたって、不幸は必ずやってくる。だから、幸せに向って精一杯頑張るんだよ」 笑顔を振りまきながら修繕を手伝うせつなの元に、三人の少女が駆け寄る。 「見つけたっ! せつな、心配したんだよ!」 「ごめんなさい、ラブ。私、今日一日、ううん、落ち着くまで、みんなの手伝いをするって決めたの」 「そっか。じゃあ、あたしも一緒にやるよ!」 「しょうがないわね。今日は仕事の予定もないし、アタシも手伝うわ」 「わたしの家は大丈夫だったから、一緒にやらせて」 若い娘たちが懸命に働く姿を見て、周囲の大人たちもやる気を漲らせる。 負けてはいられないと思ったのだろうか? いつの間にか、四つ葉中学の生徒や、他校の学生たちまで参加していた。 せつなには、お婆さんの呟きがちゃんと聞こえていた。 その意味は半分も理解できなかったけど、一つだけ確信が持てたことがある。 きっとこの街は、前よりもっと、もっと素敵な街として甦るって。 美しく澄み渡る青空は、そんなせつなたちを優しく見守っていた。
https://w.atwiki.jp/apgirlsss/pages/336.html
第5話 胸にある答え (美希……いい匂い。) あたしは美希の感触にうっとりした。 手入れの行き届いた長い髪は、さらさらしたシルクのよう。 肌も、何かパウダーでも付けているんだろうか? サラリと乾いていて、するすると指を滑っていく。 せつなの、しっとりと吸い付くような手触りとは違う、でも心地良い感触。 こんなふうに、せつなもあたしと祈里の体の違いを思ったりするんだろうか……。 バッシーン!と顔に強い衝撃。思い切り突き飛ばされて、体が横に吹っ飛ぶ。 焼けつくような痛みと熱さで、思いっきりひっぱたかれたんだ、と分かった。 美希を見ると、目に涙を溜め、真っ赤な顔で大きく喘いでいる。 「なに考えてんのよ!!!」 耳がビリビリするような声で怒鳴られる。 「どうして?美希たん、あたしの事キライ?せつなだったら気にすることないよ、 だって、今頃……」 バシンっと、今度は反対側を叩かれた。 「…いっ…たぁ…。」 てか、これ絶対腫れるよね。やば、口ん中切れてるよ。 「いーーーかげんに、しなさいよ!!!逃げるのも大概にしなさい!」 美希たん、声大きい。ご近所まで聞こえちゃうよ。 「ねぇ、ラブ?聞いてる?何があったか知らないけどさ。 アナタいったいどうしたいのよ?アタシに逃げるつもりだったの? 冗談じゃないわよ!!アナタ達3人でなんかドロドロやるのは勝手だけどさ、 アタシを巻き込まないでよ!」 美希、あたし、猫の子じゃないんだよ。そんな首根っこガクガク揺すんないで。 それに、相談してって言ってくれたじゃん…… どうやら、無意識に口に出してぶつぶつ言っていたらしい。 「相談しろとは言ったけど、誰が襲っていいなんて言ったのよ!」 「………!!!だって!だって!どうしたらいいかなんて、 あたしが教えて欲しいよっ!!」 「うわあぁああぁーーーーん!!!」 あたしは床に突っ伏して、子供のように泣きじゃくった。 逆ギレもいいところだ。美希、きっと呆れてる。 あぁ、美希にまで嫌われちゃう。あたし、一人ぼっちだ。 しょうがないなぁ…、と言う顔で美希がにじり寄ってくる。 ポンポンと頭を叩かれ…、 「……取り敢えず、さ。話すだけでも話してみたら?」 あたしは、美希に話した。今まで誰にも言えなかった事を。 あたしとせつなの事。祈里の事。せつなと祈里の事。そして、今日見てしまった事。 「あっ!あたっ…し、どっ…したら、いっか、わかっ…ないの! せっ、せづなはっ…なんであんな!…あたしっ、あたしの事、すっ好きって… うぅ…うぇっ!」 ブィィーーーン!あぁ、ハナ、ティッシュ一枚じゃ足りないよ…、あれ?もうない…。 あたしの前には丸めたティッシュが山を作っている。 美希が呆れたように、新しいティッシュの箱を差し出してくれた。 さすが、気が利く。あたしは立て続けに二枚、派手な音をたてて鼻をかんだ。 「つまり、ラブはせつなが好き。せつなもラブが好きなはず。 なのにブッキーと、…その、ね…何て言うか…」 「……やってたの…。」 「あぁ…まぁ、ぶっちゃけて言っちゃえばそうよね…。」 「…どうして?」 「…弱み、握られてる、とか?」 「…はぇっ?」 「だから、ブッキーは何かせつなの弱味を握ってる。だから、せつなは逆らえない…とか。」 「…ブッキーが?」 正直、その発想はなかった。なんか、イメージに合わないって言うか…。 それを言うなら、せつなに手を出すこと自体、想定外だったから 何とも言えないんだけど。 「ブッキー、ずっとせつなが好きだったんでしょ?こう言うのも、 恋は盲目って言うの?恋に目が眩んじゃうと、普段からは 考えられないようなコト、しちゃうかもしれないじゃない。」 さっきのラブみたいに!と美希に軽く睨まれ、あたしは縮み上がる。 でも、もしそうなら何となくせつなの態度も腑に落ちるかも。 あたしに何も言えなかったのも、あたしに知られたくない事を祈里に知られて… 「あああーー!!もう!!!」 あたしが自分の考えに沈み込みそうになってると、美希が突然、 頭を掻き毟りながら机に突っ伏した。 「なっ…なに?どしたの、美希たん!」 「…………アタシの、ファーストキスが……」 「……へ?…美希たん、初めだったの?」 美希は美人で大人っぽい。当然めちゃめちゃモテる。モデルやってて 出会いも多いだろうし、キスの1つや2つや3つや4つ…、てかそれ以上やってても 何の不思議も…… そんな思いが思い切り顔に出てたんだろう。 「あのねぇ!アタシ達、中学生なのっ!じゅうっ!よんっ!さいっ!」 美希は両手でテーブルをバンバン叩きながらエキサイトしてる。 ビシッとばかりにあたしを指差し、 「アンタ達が、爛れ過ぎてんのよ!!!」 爛れ……、ってすごいね。でも、まぁ、はい…すみません。 言われてみれば確かにあたしだって、ほんの数ヶ月前までは キスどころか恋愛の影すら……。グループデートが精々で。 考えてみれば、ものすごい急展開だよね。 今となっちゃあ、せつなとエッチしない生活なんて考えられないし。 「……その、マコトに申し訳も……」 「まぁ、それは置いておくわ。ラブも普通じゃなかったし。」 今回のはノーカウントって事で。 ……どうやら、勘弁してもらえたらしい。 「で、どうするの?」 「………なに?」 「せつなとブッキーは現在進行形で真っ最中。これは事実よね?……ああ、もうっ!そんな顔しないの!」 無茶言わないで。思い出しちゃったよ。せっかくちょっと落ち着いてたのに。 グズグズになりかけてるあたしに構わず、美希は言葉を続ける。 「先ずはラブの気持ちでしょ?何でせつなは、とか、何でブッキーが、 とかは取り敢えず考えない。ラブは、どうしたいの?」 「……………。」 「せつなと別れる?何ならブッキーに熨斗でも付けて……」 「絶対やだ!!!」 考えるより先に言葉が出た。そして、ちょっと驚いた。 あたしはめちゃくちゃ悩んでた。ショックで、哀しくて、怖くて。 でも一度も、せつなと別れるとか考えた事もなかった。 ただ、ひたすら怖かった。 せつながあたしを好きじゃなくなったんじゃないか。 せつなが離れて行ってしまうんじゃないかって。 「なんだ、もう答え出てるんじゃない。」 「……美希たん…。」 そうだ、あたしはせつなが好きなんだ。 祈里との関係が分かっても。…あんな、場面を見てしまっても。 泣きたいくらい、せつなが大好き。 「ちょ、ちょっと!ラブ?!」 あたしは力一杯美希を抱き締めた。さっきの事があるせいか、 美希は腰が引け気味だけど、そんな事はお構い無しにぎゅううっと力を込める。 あたし、今、世界で一番美希が好きかも。変な意味じゃないよ? だって美希が、美希だけが昔のあたしを思い出させてくれた。 あたしは勉強もスポーツも苦手。取り柄と言えば明るい事くらい? でも毎日張り切ってたよ。幸せ、ゲットするため。みんなの幸せゲットを 応援するため。 大好きなみんなと笑顔でいたい。そのためなら、どんな事だって頑張っちゃう。 あたしはいつだって前を向いて走ってた。 いつの間にか、そんな気持ちを置き去りにしてた。 暗い穴で踞り、見たくないものから目を背け、耳を塞いでいた。 美希は、そのまま沈みこみそうになってるあたしに、光を思い出させてくれた。 今日美希に会えなかったら、あたし、本当に壊れちゃってたかも。 美希、大好き。美希はあたしが自分の望む姿を思い出させてくれた。 強くなりたい。優しくなりたい。誰かを包み込む手になりたい。 理想には程遠いけどね。 いつも美希だけがあたしを叱ってくれる。 迷いそうになるあたしに渇を入れてくれる。 「美希たん、大好き。」 あたしに他意がないのが分かったらしく、 美希はおずおずとあたしの背中に手を回し、ポンポンとしてくれた。 「もう、そろそろ帰んなさい。ね?」 優しい声。お母さんみたい。って言ったら、また怒られちゃうかな。 「美希たん……。」 「ん?なに?」 ちゅっ! あたしは美希の唇の端っこに口付けた。 「!!!」 「わはっ!美希たんのセカンドキスもゲットだよ!」 「!!!もうっ、せつなに言うわよ!」 「いいよーだ!せつなに怒る権利ないんだから!」 もちろん、冗談。ゴメン、美希。テンション上げるの勝手に手伝ってもらった。 でも浮気じゃないよ?ある意味ホンキだよ?本当に大切だから! 「ありがと!また来るね!」 部屋を飛び出すあたしの視界の隅に、やっぱり呆れ顔の美希が見えた。 早くせつなに会いたい。心から、そう思えた。 第6話 君を離れへ続く
https://w.atwiki.jp/fleshyuri/pages/422.html
ラブ「…」クネクネ ラブはビリーズ〇ートキャンプの動きみたいな事をしている。 美希「何やってるのよ……ラブ…」 ラブ「あれ?知らない? 巨人の脇〇だよ。」クネクネ 美希「……野球なのね…」 せつな「それよりも、オマリーよ。」 美希「…」 祈里「また野球なのね…」 ラブ「いや、脇〇でしょ。」 せつな「いいえ、オマリーよ。」 美希「また野球の話で討論してるわね…… ブッキー、あの二人どうにかしてよ。」 祈里「ラブちゃん…せつなちゃん」 ラブ「何?」 せつな「?」 祈里「やっぱり八〇樫よ!バスター打法の!」 … ラブ「脇〇だよ!」 せつな「いいや、オマリ〇よ!」 祈里「時代は八〇樫よ!!」 美希「ダメだこりゃ……」
https://w.atwiki.jp/fleshyuri/pages/145.html
…どうして、彼女なんだろう……。 始めは気が付かなかった。いつも視線の先に彼女がいる。 ふと気が付くと彼女の事ばかり考えている。 どうすれば喜んでもらえるか。どうすればもっと笑顔が見られるか。 どうすれば、もっとわたしを見てもらえるのか……。 ずっと、そんな事ばかり考えている自分が少し不思議だった。 だから必死に理由を考えた。 彼女はこちらの世界を何も知らない。すべてを失い独りきりになってしまった彼女。 仲間なんだから、友達なんだから、心配するのは当たり前。 彼女にはわたし達仲間しかいないんだから。もっともっと仲良くならきゃ。 心配して当然よね? それはとっても納得の行く理由でわたしをホッとさせる。 何もおかしくないよね?気になって当たり前よね?そうに決まってる。 でも、気付いてしまった。 わたしが彼女を見つめている、それを刺すような視線で 射抜かれている事に。 その瞬間、すべてが分かった。 わたしは初めて人を好きになった。 人を好きになるって不思議。自分が恋してる筈なのに、自分で相手を選べないなんて。 気付く筈がない。相手が同い年の女の子だなんて。 気が付かないから、気持ちが止められない。 だから、自覚した時にはもう手遅れ。 恋の神様はとんでもなく意地悪。 突然、初恋に落としておきながら、その相手は絶対に手に入らない人だなんて。 だって見れば分かる。彼女の眼にはたった一人しか映ってない。 彼女は、せつなちゃんは、ラブちゃんしか見ていない。 恋の神様はとんでもなく残酷。 初恋は実らないって言うから、文句を言うのはお門違いかも知れない。 でも自覚した途端に失恋決定なんて、ちょっとあんまりだと思うの。 そして次に感じたのが、ラブちゃんに対する信じられないくらいの苛立ち。 どうして、そんな目でわたしを見るの?もしかして分かってないの? せつなちゃんはとっくにラブちゃんのものじゃない。 あんなに近くでせつなちゃん見てる癖に!信じられない! 無性に腹が立った。今までラブちゃんに、いいえ、誰に対してでもこんな 苛立ちを覚えた事なんてなかった。 わたしがどんな欲しくても手に入らないモノをとっくに手に入れてる癖に、 その事に気付きもせず、こちらに嫉妬を向けてくる。 ラブちゃんにこんな面があったなんて。ついでにわたしにも。 ほんの少し、意地悪したくなったの。 ラブちゃんの視線に気付かない振りをする。 わざとせつなちゃんの体に触れ、二人で出掛ける約束を取り付ける。 ラブちゃんには解らない様な本の話をする。 こちらの事を勉強したいって言うせつなちゃんに、色々本を薦めたのはわたし。 元々すごく頭が良いんだろうな。砂が水を吸い込むようにって こう言う事なんだと思った。 せつなちゃんは勉強熱心で、好奇心旺盛で、今ではわたしの方が 教えて貰う事もあるくらい。 せつなちゃんは馴れ馴れしいくらい親しげなわたしの態度にも、 嬉しそうに可愛い笑顔を向けてくれる。 ふざけて抱き付いたりしても、「なあに、ブッキー?」なんて警戒心の欠片もない。 わたしはその夜、せつなちゃんの甘い香りと感触に一晩中眠れなかったくらいなのに。 せつなちゃんの笑顔に触れる度、どんどん心が削られて行く。 見る度に幸せになれた筈の笑顔が、どんどん苦い痛みを打ち込んでくる。 だって、それは友達だから見せる笑顔。それ以上でも、それ以下でもない。 でも、もし彼女がわたしの気持ちを、いいえ、わたしの中に渦巻く欲望を知れば…… それすらも得られなくなる。 このままじゃ何もかも失ってしまう。大好きな人も、親友も、自分の心さえも。 恋心を隠して友達として側にいる。それが一番だと思ってた。 手に入らない。諦められない。でも失いたくない。 こんなに苦しいなんて知らなかったから。 そしてせつなちゃんを想うのと同じくらい、ラブちゃんの気持ちが痛い。 だって分かるから。ラブちゃんがどんな気持ちでいるか。 いつも元気いっぱいで天真爛漫なラブちゃん。引っ込み思案なわたしには ラブちゃんは憧れだった。 太陽の様な笑顔はいつも眩しくて、どんな時でも周りを明るく照らしてくれる。 ラブちゃんが大丈夫って言えば、どんな事でも大丈夫。 ラブちゃんが頑張ろうって言えば、辛くても踏ん張れる。 ラブちゃんはいつも自分の事は後回し。人の為に笑って泣いて。 周りの人の笑顔が自分の幸せ。 そのラブちゃんが、初めて身勝手なまでの独占欲を見せて執着している。 『あたしのなんだから!』『誰にも渡さないから!』 その瞳が、そう叫んでる。 物心つく前から一緒にいたんだから、分かる。 あんなふうに、ラブちゃんが我が儘とも言える欲望を剥き出しにするなんて、 もうこの先ないんじゃないかな。 一生に一度の我が儘を、血を吐くような思いで叫んでる。 『お願いブッキー、…諦めて。』 少し前まではいくらでも涙が出た。 せつなちゃんとの何気ないやり取りが嬉しくて。 叶わない想いが辛くて。 ラブちゃんの視線が痛くて。 親友にそんな思いをさせている事が恐くて。 自分のどろどろした心が穢い物に思えて。 でも、今は何を思っても涙は出ない。 どんなに胸が締め付けられても、心が悲鳴をあげても、 出てくるのは焼け付くような溜め息ばかり。 わたしは、決めた。壊れてしまうのを恐れて自分を磨り減らすより…… 自分で、いえ、せつなちゃんに終わらせてもらおう。 せつなちゃんがラブちゃんを裏切る事は、あり得ない。 だから、告白して、叶う筈のない頼み事をして、 ……思い切り、振ってもらえばいい。 せつなちゃんは、ショック受けちゃうかな。泣いちゃうかな。 でも、いいよね?せつなちゃんにはラブちゃんがいるから。 きっとラブちゃんが慰めてくれる。 「せつなちゃんが、好きなの……友達としてじゃなく……。」 そう言った瞬間、今すぐ世界が崩壊しても構わない。本気でそう思ってしまった。 魂が抜けて行くのが見えるみたい。それくらい全身の気力を振り絞った。 言わなきゃ良かった。でも言わないと、わたしがどうにかなっちゃいそうで。 いやいや、もうとっくにどうにかなってるのかも。 でないと、できるはずがない。女の子同士で、しかも親友の恋人に告白なんて……。 せつなちゃんは新しいプリキュアの仲間。新しいクローバーのメンバー。 そして親友の、…ラブちゃんの大事な大事な人。 散々悩んで、決死の覚悟で臨んだのに、言葉が口から離れた瞬間から 後悔で身が縮み上がる。 せつなちゃんの顔が見られない。その顔にどんな表情が浮かんでいるのか、 恐くて 確認出来ない。 暫くたっても何も言わないせつなちゃんに、恐る恐る、顔を上げる。 その時彼女の顔に浮かんでいたのは、驚きでも、軽蔑でも、嫌悪でも、哀しみでもなく… わたしが怖れていた、どんな否定的な表情でもなかった。 ただただ、恐ろしいほどに真剣な、真摯な顔。こちらが怯みそうなほどに。 「それで、ブッキー。あなたはどうしたいの?」 その言葉には揶揄するような響きも、こちらへの侮蔑も感じられない。 ひたすら誠実に、相手の気持ちに向き合おうとする真っ直ぐな視線。 「私は、あなたの気持ちには応えられない。…それは、わかってるんでしょう?」 せつなちゃんの視線に射竦められる。 もっと動揺されると思ってた。驚いて、おろおろして、 もしかしたら泣いてしまうんじゃないかって。 けど、目の前にいるせつなちゃんには、そんな弱さは微塵も感じられない。 どんなものからも絶対に逃げ出さない、毅然とした姿がそこにあった。 「ラブちゃんが……好きなのよね…。」 そう言うと、せつなちゃんの眼がふっと柔らかくなった。 「分かってるの……わたしなんか入り込む隙間はないって…、でもね、でも…」 「ありがとう。」 「…!?」 「ありがとう。私を好きって言ってくれて。」 穏やかに、微笑みさえ浮かべて彼女は言う。 「ブッキーが、好きになってくれて……私は嬉しいわ。」 「……せつなちゃん…。」 多分、わたしは呆然としてたんだと思う。だってあまりにも予想外な言葉だったから。 悲しい顔で拒否される。ブッキーは大切な友達だと諭される。 このどちらかしかないと思ってた。 間違っても、『ありがとう』や『嬉しい』なんてどんな形でも言われるなんて 想像の埒外だ。 「…せつなちゃん、ワケ、分かんないよ。…わたし、振られたんだよね…?」 「そう…かしら。正直な気持ちなんだけど…。ブッキーは大切な人だから。」 「友達として…でしょ?」 「……うーん。ちょっと、ちがうかな。」 じゃあ、何なの?私の戸惑いが伝わったのか、せつなちゃんもちょっと 考え込むような顔をする。 「……水……かな……。」 「…水……?」 そう、と彼女は頷く。 水がなければ人は生きていけないでしょ? いくら太陽が照らしても水がなければどんな生き物も死んでしまう。 だから、あなたは私にとっては水なの。 そう言ってわたしを見つめるせつなちゃん。正直よくわからない。 はぐらかされてるような気もしなくはない。 でも彼女は大真面目な顔で。 その顔を見てたら何だか少し可笑しくなってきた。 まさかこの場面で笑える自分がいるとは思いもしなくて…。 「じゃあ、わたしがいないとせつなちゃんは死んじゃうの?」 「死んじゃうかも知れないわね。」 「わたしが水ならラブちゃんは太陽?」 そう聞くとせつなちゃんは嬉しそうに、にっこり笑う。 その笑顔があんまり可愛くて、ちょっぴり意地悪な質問をしてみる。 「じゃあ、太陽が無くなったら?」 水がなければ死んでしまう。それなら太陽が無くなればどうなるの? 「…あのね、世界が滅ぶの。」 相変わらず大真面目にせつなちゃんは答える。 死んでしまうのと、世界が滅ぶの、どう違うのか。 同じように思う。でも全然違う気もする。 分かるのは、せつなちゃんにとっては全然別物だって言う事。 「その時は…せつなちゃん、どうするの?」 「どうもしないわよ。世界が滅ぶんだもの。それで、おしまい。」 さらっと言ってるけど、内容はとんでもないよ。せつなちゃん。 でも、何となくわかった。せつなちゃんのすべてはラブちゃんがいることで始まってる。 だから太陽が無くなり、世界が滅んでしまえば、死すら意味がなくなる。 辛い事も悲しい事も、恐怖さえもどうでもいいこと。 でも、言ってる事はのめり込み過ぎで怖くなるくらいの筈なのに、 思わず口に出てしまった言葉は… 「……いいなぁ、ラブちゃん。」 そう思ってしまった。羨ましいって。 こんなにも誰かに想われるってどんな気持ちなんだろう? 「そう?ちょっと気持ち悪くない?入れ込み過ぎでしょ?」 「…それ、ものすごいノロケてるよ。せつなちゃん。」 ラブは大変だと思うわよ、なんて相変わらずせつなちゃんは真面目顔のままで うんうんと頷いている。 「そっかあ…」 そっか、そうなんだよね。始めから分かってたのに。 わたしが好きになったのは、ラブちゃんが大好きなせつなちゃん。 もし、ラブちゃんではなくわたしを選ぶようなら…それはわたしが好きになったせつなちゃんじゃないのかも知れない。 (でも、水だって相当大事よね。なんせ、無いと絶対に死んじゃうんだし。) 例えそれが、太陽があってこそのものだったとしても。 わたしは彼女の世界になくてはならないものなんだもの。 「私ね、欲張りになることにしたの。大事なものは一つもなくしたくない。 だから……だから、ブッキーにも側にいて欲しい。ずっと…今までみたいに。」 「…わたしが、側にいるのが辛いって言っても?」 「そう!」 「わたしが泣いても?」 「そう!」 「勝手ね。せつなちゃん。」 「何とでも言って!」 せつなちゃんは少し怒ったような顔をして……、あぁ、分かっちゃった。 ずっと泣きたいの堪えてるんだ。 わたしは俯いて肩を震わせてしまった。どうしよう、堪えられないかも… あぁっ、せつなちゃんが泣きそう!まずい! …ぷっ…クスクス! 良かった、笑えた!せつなちゃん、ほっとしてる。 「…もうっ、ブッキーったら…。」 「クスクス…っごめん、だってせつなちゃん、何だかラブちゃんに似てきたんだもの。」 せつなちゃんは小さな子供みたいにほっぺを膨らませて赤くなってる。 可愛いなぁ、もう。やっぱり大好き。 だからもう、いいや…。 「うん、いいよ。」 「……??」 「側にいてあげる。」 「……ホントに…?」 「うん、わたし達は親友。そうよね。」 「……いいの?」 「ダメって言ったら諦めるの?」 「絶対にイヤ!」 そこは即答なのね。あらら、何だかせつなちゃんふにゃふにゃになってる。 実は物凄く力入ってたんだろうな。わたしもだけど。 言っちゃおうかな。でも言ったら、またせつなちゃん困っちゃうかな。 でも、これだけは最初から決めてたんだし…。 「あのね、それでね…一つだけ、お願い聞いてくれないかな。」 最後にこれだけ。これでこの恋は絶対におしまいにするから。お願い。 ずっとずっと、してみたかった事なの。絶対にせつなちゃんでなきゃ、嫌なの。だから、お願いします。 「キス……したいな。」 言っちゃった……。 ああ、また顔上げられなくなってきた。なんでこんなにうじうじしてるんだろう。 もっと潔くなりたいのに。 「…わかったわ。」 「?!!!」 「私から、させてくれる?」 俯いたわたしの顔をせつなちゃんがそっと両手で挟む。 小さな手。細い指。 せつなちゃんの気配が近づいてくる。 わたしは目を閉じてゆっくり顔を上げる。 ふわり…と、前髪がはらわれ、額に柔らかい感触。 違う…、思わず目を開け、そう言おうとする… すぐ目の前にせつなちゃんの顔。ドキッとした。なんて綺麗なんだろう。 わたしの好きな人は、本当に本当に綺麗な人。 黙って…そう言うように、せつなちゃんは微笑んで唇に人差し指を立てる。 もう一度、額に。次に閉じた瞼に。頬に。 触れた場所からせつなちゃんがふわふわ染み込んでくる。 渇いた胸の奥から温もりが泉のように溢れ、指先まで潤していく。 そして、最後に唇の両端に口付けたのち、唇同士が重なるように押し付けられる。 更にゆっくり、角度を変えて何度も重なって…唇が離れて行く。 全身でせつなちゃんの息遣いを感じる。 思わず、ほぅ…と息が漏れる。 その時、僅かに開いたわたしの唇にもう一度強く唇が押し当てられ、 唇よりも更に柔らかく熱いものが滑り込んでくる。 それはわたしの口の中を戯れるようになぞり、ほんの一瞬、舌先を絡め取っていった。 甘美、と言うのはこういう感覚なのだろう。 痺れるように甘く、震えるくらいに切ない感触。 「さようなら、祈里。」 吐息のような彼女の声が耳朶をくすぐり、全身を包んでいた柔らかな気配が 遠ざかっていく。 (ありがとう。)そう言おうと思ってたのに。 声が出ない。体が動かない。呼吸すら忘れてしまったかのよう。 少しでも長く、彼女のすべてを刻み付けておきたくて。 いつしか、全身を満たしていた潤いが瞼から零れ、頬を濡らしている。 もう、一生泣く事なんかないんじゃないかと思ってたのに。 どれくらい経ったのだろう。 漸く息をつき、目を開けるともうそこにせつなちゃんの姿はなかった。 夢だったの…?そんな気さえするくらい体も頭もクラクラしてる。 視線の先に、トレイに乗ったままの汗をかいたグラスが二つ。 確かに彼女はここにいた。 大きく深呼吸して… 「悪く…ないと…思うのよね。」 声に出してそう呟いてみる。 初恋の終わり方としては、悪くないんじゃないかって気がするの。 好きで好きで、どうにかなってしまうんじゃないかって思うくらい 好きな人に決死の覚悟で告白して。振られて。 でも最後に大好きな人は震えるくらい甘い、恋人同士のキスをくれた。 初恋は実らないって言う。でも、そうじゃなかった。 わたしの初恋は実らなかったんじゃない。ただ終わっただけ。 だって、あの瞬間だけ、あの人は確かにわたしの恋人になってくれたんだから。 恋の神様はそんなに残酷じゃない。 こんな初恋をくれたんだから。それに…… わたしはきっとまた、誰かを好きになれる。今度は、わたしだけを見てくれる人を。 ラブちゃんとせつなちゃんみたいに、お互いでなきゃダメって人に。 わたしは大丈夫。 明日から、また笑顔になれるはず。 それに、わたしは、きっともっと素敵な恋に巡り会える。 そう、わたし信じてる。 3-126はおまけだよ。読んでみてね
https://w.atwiki.jp/gamebag/pages/143.html
トリックスターラブニュース 韓国で「トリックスターM」の正式サービスがスタート - 4Gamer.net 「トリックスターM」の最新情報を掲載。シームレスなオープンワールドやPC版から継承される「ドリルシステム」を特徴とするスマホ向けMMORPG - 4Gamer.net 「トリックスター」がスマホで復活。5月中旬にサービス予定の「トリックスター 〜召喚士になりたい〜」事前登録がスタート - 4Gamer.net 「トリックスター」のサービスが2014年1月28日に終了 - 4Gamer.net 「トリックスター」,ダメージ表示を利用したSSコンテストを開催 - 4Gamer.net 「トリックスター0」が新生声優ユニット「スフィア」とタイアップ - 4Gamer.net 「トリックスター0 -ラブ-」,ラブ化1周年記念すごろくなどが登場 - 4Gamer.net 「トリックスター0 -ラブ-」,公式サイトをリニューアル - 4Gamer.net 「Lievo」,「トリックスター0 -ラブ-」の配信を本日スタート - 4Gamer.net トリックスターラブバグ情報 #bf 公式サイト トリックスターラブ
https://w.atwiki.jp/fleshyuri/pages/1134.html
「まったく~。連休だっていうのに、テレビが壊れちゃうなんてさぁ。」 口をとがらせるラブを、あゆみが呆れた顔でたしなめる。 「ラブったら。折角せっちゃんが帰って来てるっていうのに、テレビ見てるヒマなんか無いでしょう?」 「それはそうだけど・・・せつなに見せたい番組だって、あったのに。」 まだブツブツ文句を言うラブに、せつなはクスリと笑う。 「気持ちは嬉しいけど、私はテレビを見るより、みんなと沢山おしゃべりがしたいわ。」 「そら見なさい。」 得意満面、といったあゆみの声に、せつなも圭太郎も、そしてむくれていたラブも、一緒になって笑った。 こちらの世界のゴールデンウィークに合わせて、せつなは桃園家に帰省している。 ラビリンスに戻って、一年と数カ月。最初の頃は、全くと言っていいほど帰ることはなかったけれど、最近のせつなは、休みの日にはなるべく、ここ四つ葉町の桃園家で過ごすことにしていた。 桃源まで、東へ五分・後日談 ~柱の傷~ 修理のために、テレビを電器屋さんに持って行ってもらったせいで、何だかリビングが少し広く見える。せっかくだからと、普段は入れないテレビ台の後ろ側に回ってモップを掛けていたせつなは、ふと部屋の隅の柱に目をやって、あれ?と思った。 「お母さん。この柱、ずいぶん傷が付いているのね。」 今までこの角度から見たことがなかったので、気付かなかったのだろう。四角い柱の、こちらを向いている面の右端に、真横に走る何本もの傷が見える。目盛りのよう、と言ったら不均等だけど、下の方から一本ずつ、間隔をあけて付いている。刃物で付けられたものらしいが、もう古いものらしく、傷の表面は、少し黒ずんでいた。 「ああ、これね。」 あゆみがせつなの見ているものに気付いて、懐かしそうに頬を緩める。 「昔はこの柱、お父さん・・・ラブとせっちゃんにとってはおじいちゃんの、仕事部屋の柱でね。子供の日には、毎年この柱で、背くらべをしたの。」 「・・・せいくらべ?」 聞き慣れない単語に小首を傾げるせつなに、あゆみは微笑みながら頷いてみせた。 「そう。子供の日の歌に、そういう歌詞があってね。私は一人っ子だから、正確には、誰かと背を比べたわけじゃないんだけど。」 そう言って、あゆみは柱に背中を付けて立つと、頭の上に、ペタンと掌を置いてみせた。 「こうやって、毎年、柱に身長を刻んでいくの。去年からどれだけ背が伸びたか、まぁ一種の成長記録よね。おじいちゃんの、毎年の楽しみだったわ。」 「へぇ。」 せつなは柱に顔を近づけて、その傷の一本一本をつぶさに眺める。こんなに背が小さな頃があったのか、と思うほど低い位置にも、傷はあった。 “おじいちゃん”――源吉の顔を、せつなは思い出す。 そう、あれは一年半くらい前のこと。ひょんなことから過去の世界に飛ばされてしまったせつなは、わずか一日足らずだったが、彼の仕事場で、一緒のときを過ごしたのだ。 あのときの源吉の、優しい眼差しと穏やかな声を思い起こしながら、せつなは真っ直ぐで滑らかな切り口を、そっと指でなぞった。 「そう言えば、あたしもおじいちゃんに測ってもらったことあったよねぇ・・・あ!確かこっち側のが、あたしのじゃなかったっけ。」 せつなの後ろから顔を覗かせたラブがそう言って、今せつなが触れているのと反対側に付いている傷を指差した。 柱の右端には、せつなやラブの背丈くらいのところまで、十本以上の傷があるのだが、同じ面の左端には、下の方に四本だけ、傷が付けられている。 「そうそう。こっちの一番上のが、ラブが四歳のときの背丈ね。」 あゆみが懐かしそうな目をして、丁度せつなの腰辺りの高さに付けられた傷をなでた。 「ラブも一人っ子だったけど、ラブは、子供の頃の私と背くらべしてたのよね。同じ歳の私の背丈の傷を見て、あたしの方が高い!なぁんて、大喜びしてたわ。」 小さなラブの得意げな顔が容易に想像できて、せつなはフフッと笑う。当のラブは、そうだっけ~、と頭を掻いてから、笑顔でせつなに向き直った。 「ねぇ、せつな。今年の子供の日には、あたしたち二人で背くらべしようよ!」 「え?いいけど、たぶん引き分けじゃないかしら。」 「測ってみなくちゃわからないじゃん。ねぇ、いいでしょ?お母さん。」 「はいはい。きっとおじいちゃんも、ニコニコ笑って見ててくれるわね。」 あゆみはそう言って、自分も嬉しそうに、ニコリと笑った。 ☆ 数日後にやってきた子供の日には、家族みんなで、ちまきを作った。 柱の傷を見つけた日に、背くらべの話から、あゆみの子供の頃の話になった。そして、子供の日には、源吉が毎年ちまきを食べるのを楽しみにしていたと聞いて、せつなが作ってみたいと言い出したのだ。 竹の葉を三角に折り曲げてジョウゴのような形にしたら、中にもち米と具を入れて、それに葉の残りの部分をかぶせて巻いていくのだが・・・。 「う~ん・・・出来た・・・かな?」 「ラブったら、詰め過ぎよ。それじゃご飯がこぼれちゃうじゃない。」 まん丸に膨れ上がったラブの竹の葉を見て、せつなが苦笑する。 「たはは~、難しいよぉ。」 「せっちゃんは上手ね。あとはタコ糸で結べば、出来上がりよ。」 「フフ。料理のことでラブに勝てるなんて、初めてね。」 「もぉ~、せつなぁ!」 意外にも器用だったのが、圭太郎だった。美しい三角形を作るのにこだわりながら、せっせと包み上げていく。結局、ラブは最後まで四苦八苦していたけれど、四人がかりで包んだので、全てのもち米と具がなくなるのにそう時間はかからなかった。あとはセイロで蒸せば、ちまきの完成だ。 「蒸してる間に、ラブとせっちゃんは背くらべをしたらどうだい?」 圭太郎がそう言いながら、青いエプロンを外す。 「そうね。歌では“ちまき食べ食べ”って歌ってるけど、食べながらより、今の方がいいわよね。」 セイロの加減を見ながら、あゆみが微笑んだ。 「そうしようか、せつな。じゃあお父さん、測って~。」 「よぉし、ちょっと待ってるんだぞ。」 そう言って、一旦自分の部屋に戻った圭太郎が持って来たものを見て、せつなは思わず息をのんだ。 竹製の大きな物差しと一緒に、圭太郎の手に握られていたもの。それは、いかにも使い込まれた様子の小刀だった。同じものだと言う自信は無いけれど、せつなが過去の世界で、源吉の手伝いをしたときに使った小刀と、同じ形のものだ。 せつなの視線に気付いた圭太郎が、小刀の鞘を取ってみせる。 「ずいぶん年代物だろう?これ、お義父さんが使っていたものなんだ。形見に、僕が貰ってね。やっぱり背くらべのときは、これを使わなくっちゃあ。」 圭太郎はそう言って、ラブとせつなを柱の前に連れていく。 まずはラブが柱を背にして立つと、圭太郎は物差しを頭の上に当てて位置を決めてから、ラブをどかせて、その位置に小刀で傷を付けた。 「お義父さん。ラブは四歳のときと比べて、こ~んなに大きくなりましたよ。」 「お父さんってば。そんなちっちゃい頃と比べたら、当り前でしょ~。」 口では憎まれ口を叩きながら、ラブは少し恥ずかしそうな、そして何だか嬉しそうな目をしている。 「あはは、そうだな~。じゃあ、次はせっちゃんだよ。」 柱に背中を付けて、真っ直ぐ前を向いて立つ。同じようにして身長を測ったことはあるけれど、家族の前で、こんな風に真面目な顔で直立するのは、何だか少し恥ずかしい。 「・・・はい、いいぞ。お義父さん、せっちゃんも、この二年で大きくなりましたよ。これからも、見ていて下さいね。」 柱の一面の、右端にある古い傷と、左端にある新しい傷。そして真ん中に、それらと並んでもうひとつ、圭太郎が新しい傷を丁寧に刻むのを、せつなは胸を熱くしながら、じっと見つめる。 ――悩んで、苦しんで、それでも前へ進もうとあがくのが、まっとうに生きてくってことだ。 あのときの源吉の声が、聞こえたような気がした。 私も少しは、前へ進めているんだろうか。いつだって今のことに精一杯なのはあの頃と同じで、振り返る余裕なんて、とても無い。 でも、こうやって私を見守ってくれる人たちがいる。ラブやお母さんの小さい頃と同じように、今の私をここに刻むことで、その先を見つめてくれる家族がいる。 そして、その家族の後ろに、源吉のあたたかな眼差しが、せつなには確かに感じられた。 「う~ん、やっぱり引き分けかなぁ。いや、ほんの少~し、あたしの方が・・・」 「何言ってるの。引き分けよ。」 キッパリと言い放つせつなに、ラブが、え~っ、と声を上げたとき、 「みんな~、ちまきが蒸し上がったわよ~。」 あゆみの声と一緒に、香ばしい匂いが鼻をくすぐった。 「はーい。」 せつなはラブと声を揃えて返事をすると、湯気の立つ台所へと、いそいそと足を向けた。 ~終~